“プレバト俳句”再視記(さいじき)

バラエティ番組「プレバト」の人気コーナー『俳句ランキング』を振り返り。芸能人たちの才能と、毒舌・夏井いつき先生の評価や、いかに!?

真夏の海水浴場(8/3放送分)

time 2017/08/04


◎今週の俳句テーマ『真夏の海水浴場』

最下位:凡人


別所哲也
[45点]

ゆく夏に 浮輪トンネル 吹き抜ける恋

別所:これはそのままなんですけど、去りゆく夏に、海の家で上を見たら浮輪がトンネルのように、そこにカラフルな恋が吹き抜けているな、と風に例えた。たしかに字余りなので、最後7文字だしなぁって思ったんですけど。。。


夏井先生:季重なりというのは、基本的には季語一つの方が成功しやすいってことで絶対やってはダメってことではない、というのを一つ押さえた上で、上手くやるってこともあるんですが、この句の場合は季語1つ外した方がよいのはよいのだけど、(フジモン名人は)“夏”が季語って仰いました。違います。“ゆく夏”という、ここひと塊で季語になるんです、夏が終わってゆくという。。。どっちにしても季重なりというのは当たってるんですけど。この句の場合は、全体が文字がぎゅうぎゅう詰めになってる感じがあって、そこがもったいないのが一つですね。“ゆく夏”の季語を捨ててしまえば、残りの素材はけっこうゆったりと入るんです。やってみますよ、5音なんとかなったらあとは楽勝。“浮輪”外したら、この句の意味構成できなくなるから、外すならこっちですよね。迷いなく捨てましょう。恋からはじめましょうよ、キショイと言われようがなんと言われようがw
“恋は”とやって、ここでまず、恋に注目します。“恋は吹き抜ける”、中七にかかてくる。

恋は吹き抜ける 浮輪の トンネルを

これぐらいにしていただいたら、この句も”才能アリ”に手が届く。

第4位:凡人


三戸なつめ
[50点]

浮袋 引く父疲れ 子ははしゃぐ

三戸:海水浴とか行ったら、ご家族とかで来てる方もいて、浮き輪の中に子どもがいて、お父さんが引っ張ってるんですけど、もうクタクタで疲れてるのに、子どもは体力あるからずっと『引いて』って言ってるんですよ、そうゆうイメージをした句を作ったんです。


夏井先生:浮き袋を引く父という存在と、はしゃいでる子の映像があれば、読み手は「お父さん、いずれ疲れちゃうよ」って想像してくれるわけですよね。説明しないで、映像だけをポンポンと取り合わせる、それだけでいいんです。“浮き袋 引く父”、ここでカットを切っちゃいましょう。浮袋を引いてるお父さんの映像、カットが切れる。諸悪の根源はこれですからね(“疲れ”を削除)。ここで3音節約できますね。ちょっとしたやりかたで“は”も節約できる。合わせて4音。やってみますよ。“はしゃぎ”、ここで動詞をもう一個入れます。

浮袋 引く父 はしゃぎ続ける子

これで父と子の様子が出ます。“続ける”が入ることで、「お父さん、そのうち疲れるよ」と連想に行く。こうしてくれると”才能アリ”に手が届く。

第3位:才能アリ


モーリー・ロバートソン[55点]

浮き輪越し 揺れる笑顔と 初恋と

モーリー:若い男の子が若い女の人と出会ってよかったなぁみたいな、非常にクリーンですよね、じめじめしたり、奪い合いとか、その後の人生のようなことはない、最初はよかったなっていう。。。


夏井先生:まず、“浮輪越し”という映像から始まっての句なんですが、“笑顔と 初恋と”、“と”の調べが明るいリズムを作ってる、これがいいところ。“揺れる笑顔”ってなったときに、笑顔って揺れるイメージがあるじゃないですか、『揺れない笑顔があるならもってこい』ってやつですね。これが要らないかもしれないなと気付く(フジモンが)エライ、さすがですね。
この句ね、“浮き輪”“笑顔”“初恋”、3つの言葉がちょっとイメージが近い所にあるんですけども、近い所にありながら、もうひとつ問題点を言うと“浮き輪”、これが季語ですから主役になってくれないといけないんだけど、全部読んだときに“初恋”のイメージの方が強く残って、こっちが主役を食っちゃってるみたいな。。。そこがもったいないところです。俳句はやっぱり季語を主役に立てていただきたい。そうなったときに、その仕掛けをするために、言葉を節約するとなるとやっぱり“揺れる”を節約するしかない。
さぁ、問題はここからです。“浮き輪越し”でもいいんですが、上五を字余りにして、音数が余るときには上五で余らせるのが俳句の鉄則ですね。“浮き輪越しの”とここで“の”を1文字入れます。ここから“笑顔と 初恋と”、ここで1単語入れる。ここに入れるものによって、この季語が主役に立ちます。

浮き輪越しの 笑顔と初恋と波と

そうすると波の映像が残って、それによってこの“浮き輪”のイメージが戻ってくる。そうすると、完璧に”才能アリ”です。もったいないですね。

第2位:才能アリ


徳光和夫[70点]

江の島や 叩きつけたい 苦い夏

徳光:ちょうど大学に入ったときにですね、江の島の海の家に家族で契約してたわけですよ。僕は行きたくなかったわけですよ、一家で海水浴ダサいじゃないですか。それで行ったら、偶然思いを寄せてて、シグナルを送ってる女の子が友達と来てたんです。それでまぁ、一家での風景を見られちゃったんです。そのときにですね、本当恥ずかしかったんだけども、その2人を見て悔しかったわけですよ、俺の友達と一緒だしね。怒りのしぐさでも見せればよかったんだけども、2人を祝福するようなですね、そうゆうムードに自分が入ってしまった、自分の情けなさ見たいのがあるんで、いまだに江の島が嫌いなんです。


夏井先生:ちょっと具体性に欠けるとこがなきにしもあらずなんですが、作者の心情がね、叩きつけられるようにこっちに伝わってきますね。この“叩きつけたい”“苦い”という風に、思い・動作、心情の苦さというのが“い”“い”という音で畳み掛けられて、残りの感情を“夏”という季節に託しきるというところがなかなかのものだなあ、と思いますね。
(直しは?)こうゆうのはね、ヘタに直すと全体のバランスがくずれるので、これはこれで味わいたいですね。このままの形で読み手は色んな風に想像して読めばいいと思いますよ。

第1位:才能アリ


篠田麻理子
[71点]

波際の 異国の瓶と 雲の峰

篠田:(誰に考えてもらったの?)自分で考えましたw 国語の勉強をして、季語もすごい調べて、浮き輪の写真だとちょっと浮かばなかったので、夏の思い出を思い出して、夏にみんなで海水浴場に行って瓶の中に手紙を書いて流そうと、学校でしてたんですけど、その時に見つけた瓶が、多分異国の、英語かどっかの言葉が書いてあって、読めなかったんですけど、読もうとしたときにふと空を見上げたら入道雲があって、その先に多分来たであろう国があったんじゃないかな、と想像させる気になったので、その句を書いてみました。


夏井先生:この句は見ていた通りですが、“波際”という場所、“異国の瓶”という物、“雲の峰”、入道雲のことですね、季語。それぞれの言葉が意味とかイメージとか重ねないできちんと置かれるべき位置に置かれている。ここをまず褒めましょうね。
そして、“波際の異国の瓶”と言われたときに、当然波の音も印象に入ってきますね、映像の中に。この瓶も、不透明な透明感っていうんでしょうかね、波にさらされた、そんなかんじもしないでもない、異国の文字も見えてきます。そして、雲の峰で遠近感がガーッと広がっていく、と。その辺も丁寧に作ってらっしゃいますね。自分の描こうとした世界を言葉でこれだけきちんとやれるということは、それだけの力があるということ。
(直しは?)いりませんよ、そんなもの。

特待生3級


千賀健永(Kis-My-Ft2)[1ランク昇格]

潮浴びの 頭驟雨(しゅうう)で 洗いけり

千賀:これ、“驟雨”という言葉、にわか雨とか、夕立とか、夏の夕方に降る、急の雨を言うんですけども。“潮浴び”は海水浴のことで、海水浴から上がったときに驟雨が降ってきた、それで“頭を洗いけり”で頭を洗うんですけど、驟雨って夕立ちの意味で、夕日が出てるときが多いんですよ。だから、夕日で頭を洗いながら、その驟雨でも頭を洗う、と。“浴びる”というのがここにかかってて。今回こうゆうまとめ方をしました。


夏井先生:この句の評価のポイントは、まさにここ、上五“潮浴び”という言葉を選んだことの是非です。
浮き袋の写真からこうゆう場面を想像できるという、その、リアリティのある想像力は褒めないといけないですね。そして、“潮浴び”という言葉を使ったことの良し悪しというのがこの句の一番のポイントになるわけですけども、“潮浴び”という言葉によって、潮の匂いとか、ベタベタする感触ってあるじゃないですか、ああゆう感覚とかをこの言葉で非常に生々しく、読み手は受け止めることができるんですね。“潮浴びの頭”、ちょっとまだベタベタしたかんじの頭、濡れたかんじ、そこを驟雨で洗う、ここら辺の展開が非常に臨場感をもって読み手の方に全部伝わる。ここが巧いなぁと思います。
一点だけ、惜しい所があるんですが、そこだけ指摘しておきましょう。“驟雨で”の“で”なんですが、驟雨を使って驟雨でもって、とそうゆうニュアンスになるんです。ここをね、“で”じゃなく“に”にしたら完璧だったの。“驟雨に”というのは『驟雨の中に』という、そんなかんじのニュアンスになりますね。

潮浴びの 頭驟雨に 洗いけり

こういう風にやると全体が整ってまいりますね。
(降格にします?)これは良い句です、良い句ですw

名人4段


FUJIWARA藤本
[1ランク昇格]

アメリカの 歯磨き粉色した 浮き輪

フジモン:写真の浮き輪、すごいカラフルでポップな浮き輪じゃないですか。この色をなにかの色で表現したいな、と考えたんです、ずっと。昔、アメリカにロケ行ったとき、スーパーで歯磨き粉を買ったんですよ。そのときの色がちょうどこんなかんじの色だったんで、ストレートに表現しました。


夏井先生:この句の評価のポイントは、“歯磨き粉”というこの言葉がこの位置にあること、それが成功したか、否か?
はい、いいところに置きましたねー、この言葉を。丁寧に見ていくとね、“アメリカ”という言葉、“歯磨き粉”という言葉、“浮き輪”という言葉、これけっこうバラバラな言葉なんですが、こうゆう風につないでいくという、語順が面白い。“アメリカの”、ああアメリカのなんですか?、“歯磨き粉”が出てくる。あっ、アメリカの歯磨き粉ですか、と思った瞬間、“色”なんです、“アメリカの歯磨き粉色した”ってそれはなんだろう?と思った瞬間に、“浮き輪”という言葉が出てくる。1つの言葉が出る度に意外性を作り上げながら、最後に“浮き輪”を主役にもってきている。これがうまいところですね、一番ね。まぁ、アメリカに行ったことない人が、どんな歯磨き粉色かわかんないって思う人もいるかもしれませんが、そこは読み手が好きなように想像したらよいわけですよ。アメリカの歯磨き色って真っ赤なんだろうか?ショッキングピンクなんだろうか?真っ青なんだろうか? そうやって色々想像してるとどんな効果が表れるかというと、いろんな色の浮き輪がおのずと想像されてくる。たいしたもんだ。
(直しは?)いらないよ~。

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