“プレバト俳句”再視記(さいじき)

バラエティ番組「プレバト」の人気コーナー『俳句ランキング』を振り返り。芸能人たちの才能と、毒舌・夏井いつき先生の評価や、いかに!?

京都と朝顔(8/17放送分)

time 2017/08/20


◎今週の俳句テーマ『京都と朝顔』

最下位:才能ナシ


朝比奈彩
[35点]

歴史継ぐ 朝顔咲きまた 秋開く

朝比奈:あんなに自信あるって言ってたんですけど。“歴史継ぐ”は、平安時代とか江戸時代から朝顔が見られるようになってきたじゃないですか。で、それを伝えたくって、朝顔が毎年咲いてくると、また秋が来たね、というのを自然と歴史で繋げてくれてるよね、というのを伝えたかったんです、この俳句で。


夏井先生:一見壮大なかんじで、上手く出来ているように見える。そこが作者が自信を持った一番の理由だと思います。ところが、問題がいくつかあるんです。
まず、“朝顔”と“秋”、季重なりというやつですね。季重なりやってもいいんだけど、とても難しいとまず思ってください。初心者は季語1つから。そうなったら当然“朝顔”を残すしかないですね、「咲く」という映像があるからね。“秋”は要らない、ということになります。もうひとつ、朝顔とかいうお花、お花はすべてそうなんですが、“朝顔”と言った段階で”咲いている”は含まれていると思っていただきたい。
でも、あえて“咲き”と言いたいときには、そう言うだけの理由や仕掛けが必要になってくる。この2つがこの句の問題点なんです。
直してみますよ。一番大事なここ、“歴史継ぐ”、ここは歯を食いしばって残しましょうw(本来なら)ちょっと壮大すぎますね。でも、言いたいのはここだもんね?
継いでいるのはなにか、サラッと入れます。歴史を継いでいる、この土地、ということですね。“歴史継ぐ地に”とやると、一体何がおこるんだろう、と読み手はちょっと前のめりになって、聞こうとします。そこに、“朝顔”がスッと出てきます。“咲き”を上手く生かすために“の”を入れ、“つづく”と時間経過を入れましょう。

歴史継ぐ地に 朝顔の咲きつづく

そうすると、“継ぐ”“つづく”と似たような音を持った動詞がポンポンと入ることで、“咲き”っていうのは“つづく”っていうのを使いたいから、あえてここに“咲き”を使ったんだな、と読み手はとても好意的に判断をしてくれます。

第4位:凡人


内田恭子
[50点]

二寧坂 羅(うすもの)借りて スタバかな

内田:数年前から茶道を始めて着物と接する機会が多くなったんですけど、京都に行ったら夏用の着物を借りて、しゃなりしゃなり歩いてみたいな、というのがあるんですけども、古き良き時代に自分が入り込みつつも、絶対スタバとか、そうゆうとこでフラペチーノを飲んでしまう自分がいる気がして。。。


夏井先生:この句は散文的であるところがもったいない。散文的である、ということがどうゆうことかというと、普通の文章の一部をちぎったみたいな形になってるの。二寧坂で羅を借りてスタバでお茶しました、みたいなのをちょんちょんとちぎって、”お茶しました”が入らないから“かな”でいいやって。散文的な語順になっているのがもったいないだけ。
“羅”という季語を使っている、“二寧坂”という日本的な地名が出てくる、それに対して“スタバ”という、和と洋が一緒になっている世界がまさに現代の私たちが生きている世界じゃないですか。それを詩にしようとしているっていう、意志とか意図とかは本当にいいんですよ。問題は語順です。散文の語順になっているだけ。“羅”から行くんです、こうゆうときには。なんでかというと、二寧坂も地名でしょ、スタバも店名、どちらも固有名詞で場所に関係すること。それを(この句みたいに)分けて、真ん中に人物を入れるからごちゃごちゃしたかんじになる。“羅”という人物からね、

羅を借りて スタバの二寧坂

こうするだけで、調べが整う。“羅を借りてスタバ”で、『えっ、羅を借りてスタバ行ってんの?』と思った瞬間に“二寧坂”という地名が出てきて、しっとりと落ち着くわけです。そうすると、頭の“羅”という季語がとてもしっくりと読んだ人の心にイメージとして残ってくるんですね。
こうすれば、”才能アリ”にシュッといくよ。

第3位:凡人


大友康平
[55点]

千年も 宇宙(そら)の瞬き 送り火や

大友:最初、あの写真見たとき、京都ってかんじがあんまりしなかったんですよ。朝顔が秋の季語だからお盆だな、お盆と言えば送り火なので、色んな家の軒先から送り火をいまからする、という準備の雰囲気を感じたので。一応、京都って『千年の都』じゃないですか、千年人間が生きるってすごい時間ですけど、宇宙からしたら、瞬きが千年くらいかな、と。1日1日を大切に、1年1年ご先祖様を思うんだな、ということで。。。ええ、凡人でしたね。


夏井先生:この句には、詩を作ろうという意志がしっかりとあるところは、強く褒めたい。この句の中のいいのは、“千年”“瞬き”“送り火”、この3つの言葉が17音の中にポンポンポンと置かれている、このセンスがとても良いんです。すごくいい句になる、もったいない。で、なにがもったいないかというと材料が多すぎる。千年=時間でしょ、宇宙と書いて“そら”と読ませて、深い深い大きな空間じゃないですか。長い年月と深い空間があったら、“送り火”という季語がほんの小さな小さなものになっていくわけです。どっちか選んだ方がいいんですが、“千年”があれば“宇宙”がなくても十分いけます。“千年も”じゃなくて“千年の”とスッと行きましょう。“宇宙”やめるだけでなんの問題もなくなります。“千年の瞬きとして”、ここで一段落おいて、“送り火す”とサラッとやればいい。

千年の瞬きとして 送り火す

目の前の送り火は千年の瞬きのような、この1年の魂を送る日なんだよ、とこうゆう風にすると、いま語ってくれたこと全部一句の中に入る。これなら今日は断トツの1位ですよ。

第2位:凡人


りゅうちぇる[60点]

朝顔や あくびの僕と 笑う君

りゅうちぇる:ぺこりんと2人で朝顔を、早起きして『朝顔見に行こうね』って約束してたのね、でも僕があくびしちゃって、ぺこりんが『もう、眠たいんだぁ』って笑ってるかんじの俳句です。


夏井先生:この句はですね、読んでいただいて意味の分からないところはどこにもありませんね。ホントに普通にできてる普通の句です。凡人的なイメージというか、凡人的な発想のど真ん中にこういう句があるということですね。朝顔だから早起きしたとか、眠たいとか眠たくないとか、あくびをしました、僕と君がいます、と。こうゆう句はね、1日1句の日記としては十二分に価値はあるんですよ。あるんですが、“朝顔”で“あくび”って言われたときの言葉の距離が近いので、作品として読むと退屈になってくるわけですね。
ひとつ試しに、これはノンフィクションかもしれませんが、フィクションの方に向かって連想をしていく、ちょっとやってみますね。
“あくび”でもいいんですけど、もうちょっと具体的に想像すると、あくびして眠いなと言ってる僕の頭には、例えばよ、寝癖がついてるかもしれない、と。

朝顔や ねぐせの僕と 笑う君

になると、頭のあたりに映像がグッといくでしょ。
で、ひょっとすると、この日は、

朝顔や 休みの僕と 笑う君

休日かもしれないなと想像してもいいじゃないですか。休日かも、と想像したら、もうひとついっちゃうわけですよ。もしかしたら、昨日職場でクビを切られて言えない僕がここにいるんじゃないか、と。そうなってきたら、

朝顔や 職なき僕と 笑う君

とかね。こうやって、少しずつ連想を広げていったどこかに俳句作品として面白い光景が立ち上がってくるかもしれない。
りゅうちぇる:たしかに“職なき”はいいね。ちょっと響いちゃったぁ。
一同:(笑)

第1位:才能アリ


藤井隆
[70点]

つる巻いて きょうの朝顔 秋を巻く

藤井:前回のときに季語を入れてなかったんですよ。それはダメだと思ったんで季語を入れたんですけど(名人が)仰ったみたいに“秋”も入れてるから。。。でも嬉しいです!
浜田:嬉しいです、あらへん。この句の内容なんにも言うてない!w
藤井:えー、すいません、舞い上がってしまってw 朝顔ってね、夏の花と思ったんですけど、のんびりというか、ぼんやり咲いてるなといつも思ってたんですよ。じつは、ツル自体は秋をちょっとずつ巻いていってるんですよ、みたいなことを言いたかった。。。


夏井先生:(最下位と)同じように“秋”と“朝顔”で季重なりをしているが、なぜこっちが1位になるのか、最下位の句で言うと“継ぐ”と“つづく”の、ああゆう言葉で音の響きを作るという話をしましたね、まさに“巻いて”“巻く”、そうゆう配慮がきちんとできている。しかも“朝顔”というのは、みなさん夏の季語だと思ってる人多いですけども、秋の季語。ということは、目の前に咲いてる朝顔はさっきまで夏の季語だと思ってたけども、秋の季語だと知ったとたんに、その朝顔たちが秋をまいているかのように、自分自身が感じ始めた。率直な気持ちを詩の言葉として、非常にコンパクトに打ち出している。素直なんですね、案外、この方。思ったことをスーッと出してこうゆうことが作れるというのは、なかなか大したもんです。もうちょっと褒めます。
“つる”“きょう”、漢字で書けないわけじゃないと思います。でも、ここ漢字にすると全体が重くなっていきます。ひらがなで書くことで“巻”“巻”“朝顔”“秋”とポイントのところだけが漢字でポッポッポッと浮き上がる。こうゆうところの配慮が出来ているから“才能アリ”なんです。
(直しは?)いりません!

名人初段


横尾渉(Kis-My-Ft2)[現状維持]

賑わいも 酒の肴に 夏座敷

横尾:もっと京都の風景を楽しもう、じゃないですけど、涼しさを求めるお客さんが景色を見ながら、それがあるからこそいろんなものがおいしくなったりするんじゃないか、という。。。


夏井先生:この句のポイントは、ズバリ、上五の“賑わいも”、ここです。
この光景は非常に気持ちが良い光景だと思います。賑わいですらも酒の肴に美味しい酒を酌もうではありませんか、と。“夏座敷”というのは、夏らしい風が通り抜けるような、涼しげなしつらいをした座敷、ここで飲む酒も肴もとてもよいものに違いない、と気持ちの良いところを描こうとしているんです。もったいないのがこの“賑わいも”。どんな賑わいなのかがもうちょっと具体的になってほしい。例えば、賑わいって言ったらいろんなタイプの賑わいがありますが、いまお話を聞いてると、人がざわざわとするような賑わいというふうに受け止めました。だとしたら、日本語でね、「さざめき」という言葉がある。ざわざわと人がしゃべったり動いたり、をさざめきって言うんです。そうすると、えー、お酒の味もちょっと変わってまいります。

さざめきも 酒の肴に 夏座敷

これが一つです。じつは、もう一つ、“も”“に”という助詞の使い方もちょっと雑なところがありましたね。“も”とあって“に”とあると、全部がユルッとつながっていくので、“肴”をちょっと詠嘆しましょう。

さざめきも 酒の肴ぞ 夏座敷

“ぞ”は上を強めますね。で、さらにやろうと思ったら、京都でしたら、

川音も 酒の肴ぞ 夏座敷

やると、背景が生まれますね。ついでに、気になる方もいらっしゃるかもしれないんですが、“肴”というと酒を飲むときの「つまみ」ですから、“酒の”はいらないんじゃないかなと思う方もいらっしゃると思います。そうなったとしてもですね、夏座敷で酌み交わしてるお酒のイメージをちょっと強く出た方がいいと思うので、このままの形でもいいですし、“さざめきも 肴に酌みぬ 夏座敷”とか、そういった言い方をしても、“酌む”を選ぶか、“酒”を選ぶかの問題ですから、私はまぁ、原句を尊重して、“川音も 酒の肴ぞ 夏座敷”、これぐらいやっていただくと、一緒に酒飲みたいなと思う句ですね。

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