“プレバト俳句”再視記(さいじき)

バラエティ番組「プレバト」の人気コーナー『俳句ランキング』を振り返り。芸能人たちの才能と、毒舌・夏井いつき先生の評価や、いかに!?

雨のフロントガラス(6/1放送分)

time 2017/06/01


◎今週の俳句テーマ『雨のフロントガラス』

最下位:才能ナシ


博多華丸
[30点]

初運転 梅雨の花道 晴れ舞台

華丸:新学期・新社会人が、春休みとか4月に運転免許を取得して、車を買うぐらいのときにちょうど梅雨がやってくる。初めての運転だから、例え、梅雨の道路でも、私にとっては花道であり、空は雨でも晴れ舞台だ、と。


夏井先生:なんか意味の分かる句です。意味はありますが、“初運転”という情報と“梅雨”という季語以外、残りのここら辺は単に言葉を飾ってみただけで、この句にとって必要な情報は何一つありません。さっさと消しましょう。
お話を聞くと、初めてハンドルを握って出勤するってことなんですよね? なんで、そう書かないの? 別の意味で新たな憤りが生まれてまいります。
ここからいきましょう、“初運転”とやってもいいんですが、「ハンドル握ってる」と書いたら映像になるでしょ。

初めての ハンドル握る 梅雨の朝

こうすると、人物も出てくるし、こんな簡単なこと言いたいのに、「花道」だとか「晴れ舞台」だとか、言葉の無駄遣いの最たるものでございます。

第4位:凡人


滝沢沙織
[45点]

五月雨に 動くワイパー 演奏会

沙織:車に乗る人なので、雨が降ってきて、雨の音が、ワイパーが動くのが指揮者の棒に見える、演奏会の音に聞こえるな、という。。。単純です。


夏井先生:この句の中で、最も凡人的発想なのは“演奏会”。凡人のみなさんは、音を立てるもの、鳴くもの、聞いたら“演奏会”と仰って、『私は素敵な詩を呟いたわ』とお思いになる。これはもう、定番の言葉でございます。でも、ワイパーが五月雨を奏でている、と感じ取ることは素敵だと思いますよ。
だから、ワイパーってあとで奏でるわけですから、あえて“動く”と言う必要はないですね。
“ワイパー”から始めましょう。“ワイパーの”、後は上五に来るわけです。ここ大事ですよ、あなたのイメージは激しいテンポの曲ですか、ゆっくりしたテンポの曲ですか?
沙織:激しい。
夏井先生:そうしたら、激しさを出しましょう。

ワイパーの 激しく五月雨を 奏づ

“奏づ”は奏でるということですね。ワイパーに焦点を当てていて、激しく動く。この激しい動きは五月雨を奏でているんだよ、とくるわけですね。
こうすると、あなたの美しい発想は、美しい句になるわけです。

第3位:凡人


滝沢カレン[50点]

静けさと どこか儚ない 梅雨はじめ

カレン:春から6月になるときに、嬉しかった、あの晴れ晴れしい日々を思い出したい、そのはじめって静かになっちゃうんですよ。儚いっていうか、思い出しちゃうから桜の日を。で、梅雨に入っちゃえばこっちのもんだし、“梅雨はじめ”は儚い。


夏井先生:“どこか儚い”、こうゆう言葉を遣ったらですね、凡人は素敵な詩を呟いた気持ちになるんですね。ただ、私はね、“梅雨はじめ”という季語の世界の中に、静けさを描きたい、儚さを描きたい、というお気持ちには共感いたします。で、上五中七に全然映像がないでしょ。これを勝手に入れるわけにもいかないんで、例えばの話ですけど、静けさや儚さを感じるのは一日のうちの時間帯のどこらヘンですか?
カレン:朝です。
夏井先生:朝って入れればいいんです。“梅雨はじめ”からはじめて“静けさ”ここに朝を入れればいい。“梅雨はじめ 朝の静けさ 儚さと”という風に。
朝と夜を一気に入れることもできるんですよ、たとえば。

梅雨はじめ 朝の静けさ 夜の儚さ

時間を2つ入れることだってできるわけでしょ。“どこか”とかどうでもいい言葉にうっとりしてる暇があったら、別の言葉入れられないか、考えればいいんです。

第2位:凡人


尾上右近[60点]

五月雨や 右折近道 君の家

右近:梅雨の時期に雨の中、車で恋人の家に向かう最中、晴れていれば遠回りして彼女のお気に入りのスイーツを買ってお邪魔しようかなと思ってるところ、雨も降ってるし、道も混んでるから、右折して近道して君の家まで早く行こう、というような。。。
ちなみに、“右折近道”で右近を隠して(入れて)みた、という。。。


夏井先生:名前を詠みこんでたんですね、本人としては「詠みこんでやったぞ」と思うかもしれませんが、作品としては「あら、そう?」ぐらいのかんじですね。
全体をみたときに、言いたいことは読み手にきちんと伝わる。ただ、なんかありがちというんでしょうかね、五月雨の中でどこかの家に行くのに近道しました、的な発想の句はやっぱりあるかなというかんじがします。俳句では類想=同じような発想、というんですけど、類想をほんのちょっとでも変えて小さなオリジナリティを入れる、詩を発生させる工夫がここから大事になってきますね、才能アリを目指すには。
たった一文字だけ直して、詩の発生の仕方をひとつやってみます。“五月雨や”もいいんですけど、“を”に変えてみます。

五月雨を 右折近道 君の家

こうなると、なにが変わるか? 「あの角を右折」というのは誰でもできますね、でも「五月雨を右折」は、雨を右折するというのはなかなか言いにくい。けど、ささやかな詩が発生します。しかも、五月雨が降っている「時間」と「空間」の意味もできるので、「君の家へ近道したい」気持ちも、少し強く入るようになります。
右近:広がりが全然違うし、色んな意味合いも膨らみますよね。
夏井先生:才能アリを目指すとなったときに、小さなところをちょっとだけ勉強すると手に届くかな、と思います。

第1位:才能アリ


風間トオル[70点]

泳ぎすぎ 帰路の遠雷 子守唄

風間:海で泳いで、泳ぎ疲れてしまって。帰り道、運転していたら、遠くの方から落雷が聞こえて、それが疲れた体には子守唄のように聞こえてくる、という歌です。


夏井先生:「泳ぐ」「遠雷」の季語が2つありながら、ちゃんと「遠雷」が主役になっている。これ、さらっと書いているけどなかなか難しいことなんです。
泳ぎすぎた時って脱力感があって、その脱力感も一緒に味わうことができる。で、「遠雷」がちゃんと耳に聞こえてくる、聴覚も入れている。このへんのセンスがなかなか良い人だと、この句に関しては思いました。ただ、もったいないとこも少しあります。
この句の中で必要なのは、「泳ぎすぎた後」「遠雷」「眠くなる」という3つの要素。ですから、帰路であろうが、海から上がって着替えているときであろうが、“帰路”の情報はあまり意味をもたない。それならば、“泳ぎすぎた”と口語にするとちょっと実感が強くなります。そのあとを“日の”とすると、

泳ぎすぎた日の遠雷は 子守唄

こうすると、“子守唄”も活きてきますね。でもね、作者見て、この方なら子守唄とかいわないで、もうちょっとカッコよくしたくなりました。もうちょっとカッコよくさせてください。

泳ぎすぎた日の遠雷に まどろみぬ

こうすると、むっちゃ風間トオル♪ これならあなたの句だわ。

名人5段


梅沢富美男[1ランク昇格]

紫陽花の 泡立つ車窓 午後の雨

梅沢:私が運転してまして、午後に強い雨が降るんです。車窓とかに雨がプワーッと当たるんですね、それでひゅっと見ますと、紫陽花が泡立ってるような、紫陽花の花が、そういう風に見えた、雨があまりに強いから。


夏井先生:この句の評価のポイントは、中七“泡立つ”という表現が是か非か?
紫陽花に対して泡立つ、こんなにオリジナリティーのある言い方はなかなかできないですよ。もちろん「紫陽花なんて泡立ちませんよ」という人も半分いると思います。でも、紫陽花の雨に打たれて動き出す様子を「泡立ってるんだよ」ということに、ハッとする人も半分ぐらいいます。表現は「いいね」と言う人が半分、「なんじゃこりゃ」って人が半分あって当然のことなんですね。それに負けないで、自分の思うことを強く押し出さないと名人であり続けることはできません。よくやったと私は褒めたいですね。
久しぶりに褒めますw
そして、もったいないとこがちょっとあるんですよ。“泡立つ”というこの言葉をよりわかりやすく印象付けるためには、“泡立つ”から“雨”に来た方がいいです。『あっ、雨が紫陽花を打ってるんだ』って。素直にくるわけです。

紫陽花の 泡立つ雨の 車窓かな

“午後”かどうか、この場合時間情報はあんまり要りません。
「あ」の韻が踏まれて、ここで調べができて、の→の→かな、という風に支えている、調べを。ここまでやれたら、名人トントントンといきますよ。

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