“プレバト俳句”再視記(さいじき)

バラエティ番組「プレバト」の人気コーナー『俳句ランキング』を振り返り。芸能人たちの才能と、毒舌・夏井いつき先生の評価や、いかに!?

校庭とチューリップ(4/13放送分)

time 2017/04/17


今週の俳句テーマ『校庭とチューリップ』

最下位:才能ナシ


アンガールズ田中
[37点]

桜より 父の残した この花壇

田中:(写真の)奥に桜があり、手前の花壇が古そうに見えた。この小学校を卒業したお父さんが遺した花壇じゃないかと。それをいまでも在校生が使ってるのを見て、桜より嬉しいな、と感じた一句なんですよ。


夏井先生:諸悪の根源は“より”。いきなり季語“桜”って出てくると、桜の艶やかな、ときには怪しい、桜が主役の句だなと読み手が読みだすや、(“より”で)いきなり落とされる。この、比較の使い方が致命傷なんです。じゃ、どうするかというと、この展開がけっこう難しくて、“風光る”“春惜しむ”など、頭に映像を持たない季語を持ってくると、とてもよい句になる。“父の~花壇”は”才能アリ”フレーズなのに、この2音“より”が致命的な傷だと気付かない、そこが“才能がない”んです。
桜という季語を尊重して直しますと、桜は花とも言いますので、

飛花ひとひら 父の残した この花壇

“飛花(ひか)”とは、ちょっと離れたところから花びらが風にのって飛んでくる、きれいな日本語でしょ? “ひとひら”で「ひ」の音を効かせます。
これやってたら、今日あんたが1位だったね。(けど)やれそうもないね(笑)

第4位:凡人


ホラン千秋[40点]

咲く花壇 「次はなに」と 胡瓜蒔く

ホラン:小学校の時って季節によって、野菜やお花を植えてくじゃないですか、私すごく好きだったんですよ。いま花壇はチューリップがいっぱいだから、児童が「次はなあに?」って先生に聞きながら、胡瓜の種を夏に向けてまいた、という。。。楽しかったのを思い出して詠んだ句なんですけど。


夏井先生:ギリギリ意味は、私はわかりましたよ。“胡瓜蒔く”という季語を知っているところはちゃんと勉強しているな、と思いましたし。なにが要らないって、“咲く花壇”って今の状況を説明する必要は全くないわけです。次はなんですか?って聞く人物がいて、胡瓜を蒔こうとしてるわけですから、「次」ということはいまは別のものが咲いているのがわかるわけでしょ。“咲く花壇”は消しましょう。
“次はなに”が子どもの会話だとわかるように、その場所がわかるキーワードを1つ入れるだけでいいんですよ。

「次はなに」 学級園で 蒔く胡瓜

こうすると、学級園で子どもの姿、先生の姿も一緒に出てくる、蒔くものが胡瓜ですよと最後、謎解きも出てくる。
(“咲く花壇”と無理しなくても)ちゃんとあなたの言ったことは17音でできるんですよ。

第3位:凡人


北斗晶
[45点]

春風に 揺れる紅白 我が子かな

北斗:子どもたちを見に小学校に行ったのが一番最近の思い出。校庭を見て、紅白の帽子の子がいっぱいいたら、あの中に我が子がいるんじゃないかな、と探すんですよ。その気持ちを紅白のチューリップと紅白帽に掛けました。


夏井先生:紅白帽なら、それをちゃんと入れることはとても大事。ただ、“紅白帽”って2音余計に使ったら“我が子かな”が言えなくなるという、作者の苦悩もちゃんとわかります。これはね、“我が子”と言うと3音かかるでしょ、同じ”われ”という字だけど、“吾子”で“あこ”と読みます。“かな”って詠嘆する必要もありません。止めればいい。
最後の問題が“紅白帽○吾子”の助詞に三択あるんです。“の”なら「紅白帽を被っている私の子ども」になります。“や”にしたら「あの紅白帽こそがうちの子」です、と指差すような感じ。
いまお話を聞いてたら、たくさんいる中“に”ですね。なら、ここは、

春風に 揺れる紅白帽に 吾子

こうすると、あなたが言いたいことがちゃんと言えます。

第2位:凡人


立川志らく
[50点]

南無の空 光に見えし チューリップ

志らく:学校って思い起こしてみると、仏門に入るのと同じような気持ちで入るわけですよ。それで、空を眺めたら、青と白の空が南無阿弥陀仏に見えた、と。パッと見たらチューリップが形ではなく、光に見えた。光陰矢のごとし、じゃないけども、小学校はあっという間に終わったな、と。じつにいい句だと思って、、、私の句会だったら『天』ですよ。


夏井先生:“南無の空”というのは、私も話を聞いて、なるほどそういうことが言いたいのか、と。ひとまず理解はしました。この句の中で一番工夫しているのは“南無の空”という一種の詩の言葉ですから、そこは尊重しましょう。で、なにが下手か、というと、この“見えし”と平然と使っているあたりでしょうか。チューリップという季語が最後に出てくる、そのチューリップが光に見えるという言い方してるのはわかるんですが、“見える”という動詞が俳句において本当に必要な場合は沢山はないんですね。ここがいかにも平凡な凡人らしい言葉の選び方。
それからもう一つ。俳句は普通は一行に書きますから、空+光で、難しい言葉が隠されているんじゃないかと読み手が深読みをしてしまいますね。それも損な点ですので、光はひらがなで書かれた方がずっときれいになります。
ここらへんを上手に表現できるようになると、すぐ“才能アリ”に手が届くタイプの句です。

南無の空 ひかりとなれる チューリップ

こうすると、目の前にあるチューリップの光というのがちゃんと読む人にも伝わってくる。そうすると、よくわからないけど“南無の空”という作者の思いを、受け止めてあげたいという気持ちが出てきますね。

第1位:才能アリ


パンサー尾形[70点]

チャイム鳴り 駆け出す子らに 春一番

尾形:子どもに戻った時に、休み時間が一番好きでした。で、チャイムの音で休み時間になってグランドに駆け出す、そこにフワッと暖かな春一番が吹く。ものすごい躍動感とハッピーな句なんですよ。


夏井先生:きちんとできているのが、まず誉めないといけない一番ですね。上句で”音”、中句で”人物の動き”、最後に“春一番”という季語が出てきます。それぞれの情報が重ならないで、お互いを尊重している。一ヶ所直すかもしれないな、と聞いていたのは、“子らに”の「に」という助詞です。たとえば、“子らへ”とすると、子どもたちへ向かって春一番が吹いてくるイメージですね。“子らや”としたら、すぐ上の”子ら”を強調するので、なんと楽しく駆け出す子たちだろう、で一回切れて、春一番が別のカットで出てくる、そんなかんじですね。お話を聞くと、駆け出す子たちがチャイムとともに校舎から出ていくと春一番がボンとあったってくる、そんな場面でしたね?
それでしたら、“子らに”で正しい使い方が出来ています。子どもたちに春一番が当たる、その瞬間をこの句は言っているわけですから、“に”が正しい。
(直しはなし?)特別な創意工夫があるわけではないけれども(笑)、きちんとできております。

特待生2級


フルーツポンチ村上[1ランク昇格]

うららかや からっぽの 校庭の猫

村上:授業中、校庭には一人もいない、そこに猫が一匹だけいるっていう光景が、春のピースフルな感じ、うららかさと。ホントそれだけの歌なんですけど、初チャレンジなんです、句またがりが。今まで定型を崩したことがないんで、ここがどうなるのかな?ということだけは怖い。


夏井先生:この句の評価のポイントは、5・7・5を裏切るリズムです。
これね、5・7・5ではなく、5・5・7、もっと細かく言うと5・5・5・2みたいな。で、全部足すと17音という、一つの技ですね。5・7・5のリズムを裏切る破調の型を使うときには、その内容と破調の調べが似合ってないと、ほとんど失敗するんです。
“うららか”、季語です、映像を持たない時候の季語。なにか春らしい気配だけ。さらに“からっぽの”、なにがからっぽなのかわかりません。上五、中七の途中まではほとんど何も出てきません。後半になって“校庭”、やっと場所が出てくる。そうすると、人のいない校庭にうららかな春の光が溢れている、かなり広い光景ですね。
そして、最後に止めの猫がポツンと出てくる、その猫は春の光の中に本当にポツンとある。これだけの光景を5・5・7の調べでうまく乗せていくんだから、やっぱり大したもんだね、この人は。お見事!
(直しは?)無理して直すところないかな、と思ったんだけど、無理しても直すべきところはどこにもないw

sponsored link

down

コメントする






sponsored link