“プレバト俳句”再視記(さいじき)

バラエティ番組「プレバト」の人気コーナー『俳句ランキング』を振り返り。芸能人たちの才能と、毒舌・夏井いつき先生の評価や、いかに!?

江ノ電と桜(3/16放送分)

time 2017/03/17


今週の俳句テーマ『江ノ電と桜』

最下位:才能ナシ


相島一之[35点]

次は咲け 車窓の外に 花エール

相島:大学受験を失敗して浪人してしまった子が、電車の中に乗っていると外に桜の花が咲いていて「来年頑張って咲きなさいよ」と。


夏井先生:指摘しなくてはいけないのは2点、“花エール”がわかりにくいのと、車窓“の外”はいらない。
どこからいってもいいんですが、受験生を思わせないといけない。“車窓には桜”で映像がひとつできます。ここで受験生らしい言葉を仕込んでみましょう。カタカナで「サクラ」と入れてみましょう。

車窓には桜 つぎこそサクラ咲け

桜が2つ出てきますが、こちらは季語の“桜”、こちらは受験生を想像させる“サクラ咲く”ですね。せっかく本(「夏井いつきの365日季語手帖」)を買ってくださったんですから、熟読していただいて、もう一度来てください

第4位:凡人


柴田理恵
[40点]

定年に 花の錦の 門出かな

柴田:電車の運転士さん、この日が定年なんです。「今日で終わりだな」と思ったときに桜の錦が、これから第二の人生の出発だな、門出かな、と祝ってもらってる気持ち。


夏井先生:中七下五に具体的な映像がほとんどない。“花”が一応季語ではあるが、“花の錦”では一種の慣用句に近い、季語の鮮度が落ちてしまう。
これを直すときは大変で、まずは運転士、電車かわかるかはともかく、運転士であることがわかる言葉を入れないといけない。さらに、“花”が桜の光景として立ち上がらないといけない。この2つを入れないとダメです。
バッサリ削った上で、“定年”に職業的な匂いを入れましょう。

乗務日誌閉ず 定年の日の桜

こうすると、最後に桜の光景が広がって「錦の門でを祝う」かのように、と読み手は受け取ってくれる。

第3位:凡人


ゆりやんレトリィバァ[50点]

花の風 かがやく眼差し 空青し

ゆりやん:桜が咲いている、新生活初日に、爽やかな風が吹いて、不安な気持ちと期待と夢を胸に一歩ずつ力強く踏み出していく、という情景です。


夏井先生:中七は極力、字余り・字足らずにしない。ただ、この句の一番の問題はそこではないです。“かがやく眼差し”というのは、なぜ、どういう状況でそうなっているのか、情報がどこにもないんですね。あなたがいま語った言葉の中にとてもよい言葉(新生活初日)がありました。ここにそれを入れたら、“かがやく眼差し”が一発で見えてきます。

新生活初日 桜の空青し

こうすると最後に光景がスッと立ち上がってくる。“希望に満ちた瞳”も見えてくるでしょう?

第2位:凡人


佐藤エリ[65点]

鎌倉や 車窓に届く 初桜

佐藤:電車に乗って外を見るイメージで書いたんですけど、江ノ電って街がすごく近かったりで、電車の中から桜が手を伸ばしたら届きそう、って雰囲気をイメージして考えました。


夏井先生:“鎌倉や”と地名から詠い出しますね、これ、なかなか難しい型なんです。非常にバランスよくやっているのは誉めないといけません。
だからこそ“届く”がちょっと曖昧かなぁ、と。お話しでは、初桜に触れることができそうな距離ってことでしたね。とはいえ、そこまでべったり触れてるのではなく、美しさが私の心に届くっていうことでしたら、ちゃんと映像にした方がいい。
たとえば、初桜を活かすなら色を入れて“車窓に白き初桜”。風に揺れてるかんじなら“車窓にひかる初桜”。時間情報を入れることもできます。

鎌倉や 車窓に朝の 初桜

こうすると、空気の質が変わってきますね。この人、ちょっとした言葉の選び方を覚えたら、すぐに”才能アリ”にいきますね。

第1位:凡人


松岡充
[72点]

麗らかや 潮騒汽笛 コンチェルト

松岡:相模湾を走る江ノ電を五線譜に流れるメロディーみたいに考えて、コンチェルトというのは協奏曲なんですけども、独奏者がソロをやるのがコンチェルト。ソロが江ノ電の汽笛と動きだ、と。


夏井先生:非常に個性的な、なおかつ味わえる句になっていると思います。まず選んだ季語が“麗らか”。麗らかというのは、春の心地よい日差しを表現する季語です。こうゆう映像を持たない季語を頭に使うときは、残りのフレーズの中に映像を持った言葉を入れるのが定石ではあるのですが、この句はそこにひと工夫ある。
音です、中七が。映像ではなく音で、その向こうにある映像を想像させる、これがこの句の一番大きな工夫だろうと思います。麗らかな日差し、潮騒、汽笛すべてがコンチェルトとなってこの一句を作っている。着地もお洒落でしたね。お見事でした。
直しは要りません。

特待生1級


横尾渉(Kis-My-Ft2)[1ランク昇格]

行け行けど 迷路のごとき 花の路

横尾:江ノ電って花が両サイドいっぱい咲いていて、ずっと眺めてみたら花の道が続いている、あたかも迷路の中に迷い込んだんじゃないか、というかんじの俳句ですね。


夏井先生:季語の、「桜」ではなく「花」を選んだ点が成功しているのか、否か?
雪と月と花というのは三大季語。伝統的な美意識をぎゅーと固めたような、奥行もある、そうゆう季語なんですね。
それに対して「桜」の方は桜という植物に特化というか、映像に軸足がある、と。
花=2音or桜=3音、みたいな使い方をしてはいけないんですね。ちゃんとそれぞれの季語の特性を踏まえて使わないといけない。
それで、この句なんですけど、前半、上五中七は、行っても行っても迷路のようである、それは一体なんだろう?と読者が思った瞬間に、「花」という大きな奥行きを持った季語がどっと出てくるわけですね。最後、“花の路”とやることで、ここでひとまず映像を確保はするんですけども、この映像も本当と虚構の世界との間を彷徨うかのような怪しく、美しい空間を表現しているんです。
(直しは)一点だけ。字余りでもいいので、「ど」を足して

行けど行けど 迷路のごとき 花の路

と、やった方が迷路の奥行きが深くなります。
ここから名人としてやっていくわけですから、こういう小さな配慮にも心を遣ってやってください。

名人6段


梅沢富美男[1ランク降格]

花びらも 乗車するなり 春隣

梅沢:“春隣”は季語なんですよ。映像がない季語なのよ。わざとそれ、使ってみました。それも“花びらも”というところはお花も人間もいろんな人が乗車する、座ろうとしたら花びらがポロンと落ちて「あぁもう春が来るんだなぁ」というのを、ちょっと詠ませていただきました。


夏井先生:季語“春隣”が活きているか、否か?
まず、頭の“花びら”というところから押さえていきましょう。花びらというのは桜の花の傍題として季語と扱われる場合もあります。まずそこをちゃんと知っておいてほしいなと思います。
が、それは大目に見ます、歳時記によっては載ってないのもありますから。
もっと大きな致命的なミスをあなたは気付いてないんですか?
まず、自慢したこの季語(春隣)、どうゆう意味かというと”春の隣り”なわけでしょ? 冬の終わりの季語です。冬の終わりの季語があって、花びらというのは桜のことを意味するんです。一体それはどんな土地で、冬の終わりで咲いてらっしゃるんですか?
この時間軸に気付いていない。さらにダメ押しすると、“乗車するなり”で言いたいことは同じ。“春隣”と合わせると一句の半分は無駄、ということになります。
バス停と言うように電停っていう言葉知ってますか? それを入れましょう。

花びらも 乗車す 風ゆらぐ電停

そうすると、電停に電車が着いてドアが開くと、風と一緒に桜の花びらがガーッと吹き込んでくる、とそんなかんじですね。

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