“プレバト俳句”再視記(さいじき)

バラエティ番組「プレバト」の人気コーナー『俳句ランキング』を振り返り。芸能人たちの才能と、毒舌・夏井いつき先生の評価や、いかに!?

ベンチの銀杏(11/9放送分)

time 2017/11/09


◎今週の俳句テーマ『ベンチの銀杏』

最下位:才能ナシ


凰稀かなめ[20点]

秋麗(あきうらら) 銀杏が奏でる 合唱団

凰稀:公園でベンチに座って目を瞑ったときに、銀杏が風に舞う音とか、虫が鳴る声とかが合唱のように聞こえてきて、心地良かったな、というのを思い出したので。。。


夏井先生:本当にもったいないというか、なんというか、問題点がたくさんたくさんあるんです。それを一々指摘していきます。まず“秋麗”、立派な季語がここにあるわけです。“銀杏”だけでは季語にならないというスタンスを取ったときに、“銀杏が奏でる”とあると、ここの解釈が「銀杏が降ってる様子かもしれないな」とか、そうゆう風に読むこともできないわけじゃない。そうするとここに季語の気分が入り込んでくるということですね。“銀杏が奏でる”、ここはなかなか悪くないなと思って20点つけたんですが、こうなったらむしろ“秋麗”をあきらめた方が絶対いい句になる。いまのお話を聞いてると、ちょっと真剣に直したい気分がむくむく湧いてきました。だって、素敵な場面じゃないですか、いまのお話。ベンチに一人で座って、でしょ。きれいにまとめてみます。
銀杏が奏でるのはなにを奏でるかというと、銀杏の黄色が降ってくる光を奏でると、こうゆう風においてみますよ。“銀杏が”じゃなくて“銀杏降る”ってやらないと季語にならないので。ここで“ひかり”とやったらきれいでしょ。“ひかり奏でるように”、奏でているかのように(“合唱団”を消す)“降る”ともう一回リフレインする。

銀杏降る ひかり奏でるように降る

第4位:才能ナシ


渡辺えり[25点]

女木よ!! 一人で死ぬか 暖簾の下に

渡辺:銀杏って男木と女木、2本が交配しないと子孫がのこせない有名な木ですよね。だけど、女一人でも生き続けていくしかないという自分の人生と、銀杏を見て最初に思うのが中村屋の暖簾なんです。勘三郎さんの。勘三郎さんは5年前亡くなりましたけども、息子たちがすごく大いに活躍して、芸というのはどんどん受け継いでゆきますよね、でも私は一人で子孫もなく頑張って生きるしかない、ずっと芝居をやるというような決意、それをシンプルに出したかったので、“女木よア”ッア”ッ”という五七七で。。。
一同:えっ、ビックリマークを?
渡辺:“女木よ!(ア”ッ)!(ア”ッ)”
一同:(笑)


夏井先生:いやー、この句だけは、渡辺さんかなって思った(笑) まず、この!(ビックリマーク)、これもね、俳句に使ってはいけないということは全くありません。句の中で効果的に使われていれば俳句でやっていけないことはなにもありません。まぁ、とにかく“女木よア”ッア”ッ”(笑)“一人で死ぬか”、ここまでは私は良しとしました。全ての人を謎の穴に放り込むのがここですよね、“暖簾の下に”って。いまお話を聞くと「そうゆうことか」とわかりましたが、俳句17音の中で、下五だけで伝えるのは難しいですね。私なら、もういっそ、この“暖簾の下に”は諦めてピャッと消して、

女木よ!! 一人で死ぬか

で終わらせてしまう、自由律俳句で。
ですから、これはもう渡辺さんの舞台で実現いただく、と。
一同:(笑)

第3位:凡人


二階堂高嗣(Kis-My-Ft2)[45点]

頬緩む 気長に 一陽の嘉節(いちようのかせつ)

二階堂:“一陽の嘉節”って冬の季語で、冬至を境にまた日が長くなる様で、めでたいことを言うんです。写真を見たときに温かい気持ちになったんです。老夫婦のことを詠んでいて、その次に春が来るようにベンチに座って、ニコニコしているような老夫婦を詠んだ。


夏井先生:“一陽の嘉節”、こうゆうことをまず持ってきてなんとかしようと、お若いあなたが、えー、それはまず褒めましょうね。言葉をとにかく覚えていこうという意欲があるということですからね。で、損しているのは上五なんです、“頬緩む”。これもね凡人が大好きな言葉ですね。ほっこりした気持ちを表現するとき、すぐこれを使うですね。もう10回(以上)出てるなら、そろそろこれは止めた方がいいと思いますよ。これをとりましょう。で、いまお話を聞いていたら、とてもよい言葉がチラチラ出てました。気長に春が来るのを待つ、それが老夫婦だろうが、あなた自身であろうが、いいんですけれども。気長に春が来るのを待っている、という時間を表現したい、それはいいですよ。語順をひっくり返しましょう。“一陽の嘉節”、難しいのを先にやっておいて、ここから具体的な光景とか、具体的な想いにもってくるわけです。気長に春が来るのを待ってるんでしょ、“気長に待つ”、夫婦ってやってもいいし、あなたのお歳なら、“待つあした”ってやってもいいですよ。

一陽の嘉節 気長に 待つあした

ね? その向学心は私は認めてますからね。
二階堂:素質はあるってことですよね?
夏井先生:その通りです。向学心はあるってことです。
二階堂:全然悪い気分じゃない。
一同:(笑)

第2位:凡人


斉藤慎二(ジャングルポケット)[50点]

一面の 銀杏が染める 通学路

斉藤:銀杏が染めるというか、ベンチだけでなく周り全体を染めてる銀杏の所に、こうやって自分も歩きながら通学路、そこを歩いて行ったんだよ、というのを表現したかったんですね。


夏井先生:はい、2位とはいえ、非常につまらない句です。で、まず季語の問題から押さえていきましょうね。“銀杏”となってますね。“銀杏”それだけで、季語にしている歳時記としていない歳時記があるんですね。「銀杏散る」「銀杏降る」とか、そうゆう言い方をすると季語になる、これをまぁ、一つ押さえておいていただきたい。ただ、この句は“一面の”という書き方をしてますね。ホント、陳腐ですけど“染める”まで仰ってますから、銀杏が散っているに違いないという状況は映像としてわかりますから、季語としてのイメージというか、情報は丁寧に入れている、とそこは認めましょう。
ただ、流れで見ていくと、本当に落ち葉が散っている、そんなところを子どもが帰る道があるって、誰でも作りそうなものをよく作ったな、とそういう意味での50点。
“銀杏”というのをくっきりと地面に落ちているとわかるように補強しましょう。この“染める”というのはいつも私言うんですけども、「踊る」とか「舞う」とかね、それから「燃える」「染める」、もう凡人がすぐ使う三大動詞だと私は思っておりますね。だから、まずこれ“染める”は消してください。で、“一面の銀杏が”ってやるからそうなるんで、“銀杏を”子どもたちが蹴って歩く様子にしましょうか。

一面の 銀杏を蹴って 通学路

こうすると、足元とか元気な声がちょっと見えてきますね。そうすると“通学路”という言葉も生きてくる。こうすると、凡人としてもうちょっと胸を張ってそこに座れたかな、と。
一同:(笑)

第1位:才能アリ


松岡充
[70点]

閃々と 水面にやんま 羽音来ぬ

松岡:幼き頃の思い出を、ベンチの前にある湖でちょっと思い出しながら、水面がキラキラ光ってる、すごく静かで。そこに、こう、幼き頃に追いかけたオニヤンマがスッと飛んできて通り過ぎていく、っていう情景を描写しました。


夏井先生:この“閃々と”というのは、何かがひらひらと動く様子とか、キラキラ輝くさま、どっちも表現するんです。ということは、“水面”のキラキラしたかんじとか、“やんま”のひらひら飛ぶかんじとか、それがこの上五でどっちにもかかっていくように表現できている。そして、羽音の微かな、微かな音ですね。ここら辺がお互いを殺さないように丁寧に表現されている、と。これは褒めるしかないですね。もったいないところが少しありますから、一句を映像だと思ったときにどこでカットを変えるのが効果的か、と“閃々と水面”で一回カット切った方が鮮やかだと思いますね。“に”を止めて、“やんまの羽音”来ぬというともう来ちゃったことを言います。いま来てる、いま来た=“来る”にしたら、時間軸が鮮やかになります。

閃々と水面 やんまの羽音来る

こうゆうところの、細かいところに気が付くようになると特待生もゆっくり見えてくる、そんなかんじでしょうかねー。
松岡:あの、最初に書いたんです、あれ。最初に書いていじっちゃった。。。失敗だなって。
斉藤:終わった後はなんでも言えますからねー?
一同:(笑)

特待生3級


NON STYLE石田
[1ランク昇格]

秋天 はがれ落ちる 人にベンチに

石田:言うと、銀杏がこう落ちてくるのがですね、秋の空自体が剥がれ落ちてるようなイメージで捉えまして、自分がいたり、ベンチがあったり、そこにこの剥がれ落ちたパーツがどんどんどんどん落ちてきている。で、空が剥がれてゆくのと共に夕方になり、夜になっているような雰囲気を詠んでみました。
村上:画はいいんですけど、4・6・7(の調べ)という、かなり特殊なスタイルをとられると、良さそうにも見えるし、ダメそうにも見えるw
石田:このー、落ちていく様というのは、なんというか、不定期というか、パラパラというかんじ。(調べが)外れてる方が雰囲気でるのかな、と。


夏井先生:この句の評価のポイントは、まさにそこ、5・7・5の、破った調べが本当に生きているのか、否か。そこです。
思い切った破調でしたね。秋の天、“しゅうてん”で4音ですよ。“はがれおちる”で6音ですから、ここの部分10音使って、ちょっと大げさに聞こえる人もいるかもしれませんが、秋の天が剥がれ落ちるという、ひとつの謎ですよね。剥がれ落ちるっていったいなんだろう、と。謎を含んだフレーズを10音ボーンとぶつけたあと、そこから後の展開はシンプルです。“人に ベンチに”というふうに畳み掛けるだけですね。でも“に”というのは、そこの落ちていく場所のようなものをちゃんと言ってくれてますから、人にベンチに落ちていく、秋の天がはがれ落ちたようなものってなんだろう?と読み手は考えるわけですね。読み手に良い想像をさせるところが、俳句ではとっても大事な部分になります。まさに、秋の天がはがれ落ち、ひかりのように落ちてくるという気分を、不穏なところも入れながら、最後ちゃんと映像に持ってくる、と。
いやー、破調がこうゆうふうに作れるようになったらこれは大したもんでございますよ。
(直しは?)直したらバランスがバーッて崩れる、こうゆうのは絶対直してはダメ。

名人初段


フルーツポンチ村上[現状維持]

黄落や よろついている ピルエット

村上:あのー、黄色い銀杏とかが、代表的に銀杏が散っている様なんですけど。なんかその美しさに、ピルエットってバレエの技で一本足でくるくる回るやつ、あれがバレエ習ったりしてないけど、なんかやりたくなってしまうぐらい、銀杏が散ってるのが美しい、という。。。


夏井先生:この句の評価のポイントは、ここ“よろついている”、中七です。
ヘタ!! ヘタの意味をこれから解説いたします。まず、いいところからいきましょう。黄色く落ちると書いて“黄落”というのが季語ですね。色づいた葉っぱとかが落ちていく光景をこうゆう季語でいうわけです。美しい季語ですね。そこにピルエットという人物と動きを“黄落”という季語の世界にスッと置くあたりは、なかなか、やっぱりさすがなセンスだな、というふうに思います。で、このまんまなら絶対うまくいくはずなのに、“よろついている”というふうに書くとですね、ご本人のお話では黄落の美しさに惹かれるかのようにピルエットをするという、そうゆうことなんでしょ? でも、上五“や”で切れて、“よろついている”ってところが「ピルエットがただヘタ」と書いてるのに等しくなる。これではもったいないでしょ。あくまでも“黄落”という季語を立てないといけないわけでしょ? ちゃんと説明の所では言えてたじゃないですか。黄落の美しさに誘われるように、触発されたかのように、美しく踊り出すわけですから、よろつこうがなんであろうが、そんなことはどうでもいいわけですね。“よろついている”というのも美しく表現できるんです。中七をがっつり変えます、ヘタだから。黄落をイメージさせるために“ひかりに”という言葉を入れます。この美しさに、ということです。思わず傾いてしまう、“傾ぐ”という言葉で表現できます。

黄落や ひかりに傾ぐ ピルエット

こうすると文句なくワンランクアップですよ。

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